今まで15年間、シッターがお世話させていただいた猫の皆さまのことは、匂いを通じて、存じ上げていると思います。ひと足先に旅立った先輩方へ、順々に挨拶して回っている頃かも知れません。
2011年スコールの激しい雨季の半ば、大洪水でバンコクも騒然としていた頃に、駐車場で足を大怪我していたところを保護しました。足の切断を回避してからも病気知らずで、先住の黒猫キキと追いかけっこしながら、15年間ずっと生まれた場所で、穏やかに暮らしました。優しくて気のいい、静かな佇まいの猫でした。
去年10月黒猫キキの手術があり、少しずつ快方に向かっていた頃、トワレックが咳をするようになりました。喘息の診断が下りてからは、朝晩のステロイドの吸引薬、その後も頻繁に通院して治療を継続していましたが、4月に入ると呼吸が荒くなりついに入院。肺炎が悪化して気管支拡張症から、様々な症状が現れるようになりました。
僅かな可能性に賭けて病院を変えたり、安楽死の相談を申し入れたり、家人と共に毎日悩みながら奔走しました。退院後、痩せ細ったトワレックの浅早呼吸で苦しむ姿、増える薬の数、酸素濃縮機の気が滅入るような音、重なる黒猫キキの不調、介護を続ける為に平静を装っていたやまねこも、辛い選択を迫られる日々に追い詰められていました。
トワレックが亡くなった翌朝16日、いつもはシッターとして付き添って猫さんたちをお見送りしている、お馴染みのお寺で火葬しました。やっと解き放たれて自由になったのだ、と安堵したのも束の間、今度は自分の気持ちの方に焦点が当たってしまい、感情の発作に襲われて、涙が溢れて止まらない毎日を過ごしています。
日本に住む私の母へ訃報を伝えると、名前のトワレックに「永久(とわ)」と当て字にしてあるメッセージが届きました。その時から、茶色い毛むくじゃらの獣が私の心の奥にストンと入って来て、ずっと居座っているようです。ここに記すことでやっと、心の区切りが付きました。
トワレックが家族に遺したものは、純粋な愛と優しさでした。
